ロケ地まち案内
-東映大泉作品ロケ地検証紹介サイト-

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

旧小松川閘門 江戸川区小松川

アクマイザー3第34話「なぜだ?! 2+3はへのへのもへじ」より

kgkm_1_kakokgkm_1_20140720

旧中川左岸より見上げる。
この位置からは頭頂部が僅かに見えるのみです。
・・・凄い場所で殺陣を行っています。

kgkm_2_kakokgkm_2_20140720

ザビタンの立つ階段は、今なお現存(?)しています。

kgkm_3_kakokgkm_3_20140720

重厚かつ荘厳。
ジオメトリカルな意匠がよくわかります。

kgkm_4_kakokgkm_4_20140720

側面の階段の有無から北側から撮影されたことがわかります。

kgkm_5_kakokgkm_5_20140720

相当な高さがありますが、現在はその2/3は地中に埋まっています。


ここは、都営新宿線東大島駅から南へ約500m、大島小松川公園風の広場内に位置する旧小松川閘門です。

閘門(こうもん)とは、水位の異なる二つの水面を調節して船を通行させる特殊な水門のことです。
(国土交通省 旧小松川閘門説明版より抜粋)

かつて水運が盛んだった頃の荒川には3つの閘門が存在していました。
小名木川閘門、船堀閘門、そしてこの小松川閘門です。

竣工は昭和5年(1931年)、以後40年以上に渡りその役割を務め、昭和51年(1976年)即ち本放送後間も無く撤去されることになります。
劇中映像では閘室は埋め立てられ、閘門扉も取り外されていますので、かなり以前に閉鎖されたものと思われます。

しかしながら、前扉室(荒川側)は撤去されてしまいましたが、後扉室(旧中川側)はご覧の通り「衝撃的な姿」(2/3を地中に埋められた状態)で現存しています。

フグ中毒の民間療法には、「首まで地面に埋める」というのがありますが、なんとも苦しそうな姿にも見えます。
いつか遠い未来、再び掘り出される日が来るのでしょうか。

kgkm_6_20140720

凄い迫力!!
閘門ということを知らなければ、間違い無く軍事施設跡と思うことであろう。
半ば自然に回帰しているという点も見逃せない。

kgkm_9_20140720kgkm_10_20140720

(左)内部は一部木製。巨大な歯車も見える。
(右)地中へと続く階段・・・

kgkm_11_20140720

旧中川右岸より撮影。
その巨大さがよくわかる。

kgkm_12_20140720

日常に佇む非日常。
文字通り、遺跡である。

kgkm_13_20140720

今は余生を静かに過ごしている。

(撮影日:2014年7月20日)

スポンサーサイト

PageTop

永山駅 多摩市永山

アクマイザー3第16話「なぜだ?! 赤い傘の秘密」より

nye_1_kakonye_1_20140503

まさにこの場所!!
当時の案内板に、「永山2~5丁目」、「諏訪2~5丁目」、「カーサービス」、「永山1丁目」、「桜ヶ丘方面」と読めます。

nye_2_kakonye_2_20140503

画面は左へパンしていきます。

nye_3_kakonye_3_20140503

デッキのパターンが変化しているのが判ります。

nye_4_kakonye_4_20140503

当時は改札前の大階段であった高架下のスペース。
現在はその空間を有効利用してテナントが入居しています。

nye_5_kakonye_5_20140503

画面左上、「グリナード(永山)」の文字が確認できます。

nye_6_kakonye_6_20140503

円柱形の椅子が設置されたことを除けば殆ど変わりがありません。

nye_7_kakonye_7_20140503

注意深く観察すると、手前の石垣が一段追加されているのが判ります。

nye_8_kakonye_8_20140503

無機質だった駅前ロータリーも大分熟しています。

nye_9_kakonye_9_20140503

特徴的な傾斜のある石垣は当時のままです。
白い建物は、公衆トイレです。

nye_10_kakonye_10_20140503

左の雑木林は「永山駅前緑地」、通称「さえずりの森」です。

nye_11_kakonye_11_20140503

周辺は近代化が進んでいますが、当時の面影は十分に残っているといえましょう。

nye_12_kakonye_12_20140503

石垣の脇にはステンレス製の手摺が設けられています。

nye_13_kakonye_13_20140503

背後の壁も当時のままです。
非常に難解ですが、石垣のパターンが一致しているのが判りますでしょうか。

nye_14_kakonye_14_20140503

凸のある柱が印象的です。
当時は遥か向こうまで見通すことができました。

nye_15_kakonye_15_20140503

木に隠れてしまっていますが、後方の建物も現存しています。
テラスのように見えるものは螺旋状のスロープです。


ここは、京王相模原線および小田急多摩線の永山駅です。

正確には、「京王永山駅」と「小田急永山駅」の2駅から構成されています。
開業は1974年、劇中に登場するその姿は開業間もない姿であり、まだ非人間的で無機質な感じがします。

撮影は、北側ペデストリアンデッキおよび南側ロータリー前で行われており、劇中非常に説得力のある効果を上げています。

駅および駅前商業施設の基本的な構造は約40年経った現在でも劇中当時と殆ど変わりありません。
劇中の映像から確認するに、当時既にバリアフリーの箇所も多く高度に計算された都市計画であったことがうかがえます。
本放送(1975年)の時点で駅も含め街として完成形態であったといえましょう。

nye_16_20140503nye_17_20140503

(左)北側 京王永山駅
(右)南側 小田急永山駅

nye_19_20140503

2線の間から空を見上げてみる。
小田急線の駅壁の基調が「横」であるのに対し京王線のそれは「縦」であることに気づく。

nye_18_20140503

商業施設「グリナード永山」より小田急永山駅を望む。
それぞれの休日を楽しむ人たちが行き交う。

(撮影日:2014年5月3日)

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。